君は知らない


がくぽ×ミク ...01

 ステージの初仕事が入った。小さなイベントホールではあるが、満席になった客席に緊張していた神威。だが、ステージの上から微かに見える表情は満足そうなもので、こちら側の元気を充電してくれるように思った。
 あっという間の30分を歌い終え、ミニイベントを終了させた神威は楽屋に戻ろうとすれ違うスタッフに深々と頭を下げながら廊下を歩く。その進行方向には、到底スタッフとは思えない小柄な少女がいて、自分が疲れと緊張のあまり視覚機能を低下したのかと立ち止まって確認する。しかし、そこまで消耗している部分もなく、近づいてくる浅葱色の髪を2つに結わえた少女は自分に向かって歩いてくる。
「神威さん、ですよね?」
 おずおずと見上げられた視線。いつもは街のポスターや画面の中で見かけることの多かった彼女が目の前にいるということが、声をかけられた今でも信じがたい。
「初音殿? このようなところでお会い出来るとは……」
 きっと、まともに話したのは新しいボーカロイドと紹介されたときくらいの物で、あとは仕事先ですれ違って会釈をするくらい。未熟な自分に比べて、彼女はとても忙しい人だった。
「今度、私もこのステージを使うことになったんで下見に来たんです。そしたら神威さんが今日いらっしゃるって聞いて。後半の方だけですけど、聞けて良かった」
 そう嬉しそうに笑われると、恥ずかしくなる。少女型とはいえ大先輩にあたる方にお見せできるようなものではなかったはずだ。あとで反省会のときには細かく書き出しておかねば。
「お恥ずかしい。初音殿のような優秀な方に聞かれるなど」
「そんな、謙遜です! 神威さんこそステージでとても楽しそうでしたし」
 両の手で拳を握りしめて、力強く良かった点を説明してくれるので、俺になど勿体ないと思いつつ可愛らしい身振り手振りに見惚れてしまっていた。
 これ以上気を遣わせるわけにもいかないと、説明に一区切りつきそうなところを狙って出来るだけ優しく微笑んでみる。
「……ありがとうございます」
 気合いをいれないと緩みきってしまう頬は、だらしない印象を与えないように隠したのだがバレてしまっただろうか。初音殿がこちらをボーっと見ている気がする。
「あ、あの。神威さんにとっての『てっぺん』ってどこですか?」
 切り替えられた話題に、やはりバレていたのかと考え込むフリをして口元を隠す。この方は、自分の可愛らしさや素直さが相手にどんな印象を与えているのか気づいていないのだろうか。少女型とは末恐ろしいものだ。
「それは、初音殿と同じだと思います」
「そう、ですか。じゃあ私、負けませんから!」
 元気な笑顔は、こちらも浄化されるようでずっと眺めていたくなる。けれど、俺はそうして立ち止ってはいられない。目指す物があるのだから。
「ええ、俺も負けません。いつまでも下で燻っているわけにはいきませんからね」
「だから、未熟者だなんて思わないでください。――じゃないと、困ります」
 小さく呟かれた最後の言葉。ライバルは蹴落とした方が楽だろうに、困るとはどのような意図なのか。同じボーカロイドに使い物にならない物がいると恥ずかしいという意味か、それとも別の意味が含まれるのか――
「あの、初音殿お話がよく……」
「あ! ごめんなさい、このあと打ち合わせなんです。それじゃあまた」
「初音殿!? まったく、元気な女子だ」
 聞き直そうにも慌てて走り去られてしまい、確認のしようもないまま話は強制終了となり、少しの靄が残る。
『初音殿、顔を赤らめていたが働きすぎではないだろうか……心配だ』
 もう姿が見えない廊下に立ち尽くしたまま、神威は先ほど見た笑顔を焼き付けるように目を閉じた。

- end -

2009-02-22

曲に影響されて、速攻で書き上げたという……2人の口調って公式あるのかすら調べず、イメージだけなので、所々間違っているかも。
clap

浅野 悠希