一緒にいようよ


シェゾ×アルル ...04

 家の中が明るくなった。それは、太陽のように強くなく、月のように儚げでもなく、ただそこにあるだけで暖かなものが流れ込むように優しい光。自分とは真逆で、遠い昔に当たり前のように傍にあった温もりが満ちてきている。
 おかしくはないだろうか、闇の肩書きを持ちながら日向にいることが。そして、その心地よさに惹かれている自分に驚いていると、それを許さないというかのように隙間風が吹く。
『この子の名前を決めた私が悪いの?』
 壊れてしまうのは簡単だった。
 名前の真実を知り、それでも半信半疑だった両親は変わりなく愛してくれたというのに……知らず裏切ってしまったのだろうか。
『どうしてそんな物を持って帰るんだ! あの遺跡には行かないと聞いていたから行かせたのに』
 過去の言葉が次々と責めてくる中、現実に引き戻される。
「美味しくない……?」
 スープを1掬いしたまま眉間に皺を寄せて固まっていては、作った方にしてみれば心配なことこの上ない。
「あ、いや……まぁまぁだな」
 慌てて口に含むが、上出来だと言っていただけあって確かに美味しい。安心したように満面の笑みを浮かべる彼女も、朝の光も優しくそこにあるはずなのに、とても遠く感じるのは受け継いだこの力のせいだけだろうか。
 食べかけの手を再び止め、躊躇いながら口を開く。それは酷く弱気な様子で、端から見ればとても滑稽だったかもしれない。
「怖く、ないのか? 闇の魔導師が」
 封じられた古代魔法を使い、魔導力を手に入れるためならば命までもを奪い去った。目的のためには手段を選ばない……そんな時期もあった。
「……怖いって言う人もいるね」
 突然の質問にそれだけを返すと、同じように食事の手を止める。
 実際、力を狙われて危険な目に遭ったこともある。だけれど、それが彼の全てではないことは確かだ。そんなことを言ったとしても簡単に否定の言葉が返ってきそうで、何を言ったらいいものかと考える。
「シェゾは、ボクの魔導力も……命も奪わなかった。自分に有利であっても、それをしなかった。今だってそうでしょ?」
 言われてみればそう、過去に魔導力を奪うチャンスはあったのだ。その貴重なチャンスを逃したことは闇の魔導師としては悔やまれるところだが、自分自身はさほど悔やんでいない。
 いつからか闇の剣も口出すことが少なくなって、自分の意思で行動出来ることが増えている。といえば、操られていたような物言いになってしまうが、興味など全く無かった闇の魔導師の肩書きを受け取ったときには、生き方が変わることなどどうとも思っていなかった。闇だ悪だという道に踏み込むのが当然とさえ考えるようになり、それが自分の意思だと……思い込んでいたのかもしれない。
 今まさに、闇の魔導師としての自分と人間としての自分が分かれているように感じるのは、今までがそうでなかったためだろう。
「怖くないよ、シェゾは優しいところもあるから。こうやってボクを置いてくれてるじゃない」
「ふん、そうかよ……」
 照れ隠しのように次々と食べ物を口に運んでいくシェゾに空気の変化を感じたので、それ以上は何も言わなかった。
 自分の何倍も生きてきて、その分様々なことがあったのは容易に想像がつく。少し彼らしくないと感じても、ここは彼の家なのだから知らない面を見て当然だ。
 何より、らしくないと言えるほど何を知っているというのだろう。
「あー! シェゾ、それボクのパンだよ!」
「知らん、さっさと食べないお前が悪い」
「何それ。シェゾの方がよっぽどカーくんみたいだよ……」
 知らなければ知ればいい。楽観的かもしれないが、1番確かな方法だと思う。
 村に伝わる伝説、街の酒場で賑わう噂話……そのどれもが不確かなもの。実際に見て話さなければわからないことの方が多いのに、多くの人が話すとそれが真実だと思う人がまた増える。
「ほら、そんなに欲しけりゃ半分やるから」
 綺麗に千切れなかったパンは不揃いで、大きい方を抗議の目の前に差し出す。こんな一面もあることは、彼に怯える誰もが知らないことだ。
「ありがとう! それじゃあ遠慮なく貰うよ」
「ったく……」
 何も変わらないんだ。ただ少し人より魔導力が高くて、優秀だったために使える魔法が多いだけ。
 人として生きている彼を認めないのは間違っている。
 過去は過去だと何を知っても言えると言うのは、その真実を知らないだけかもしれないのに。

- end -

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浅野 悠希