味付け


恭介×由奈 ...01

 毎晩の繰り返しで、当たり前になっていたこと。
 いや、少しはめんどくせぇって思うけど、夕飯の片付けをしながら明日の弁当の献立を考えるなんて、俺にとっては染みついてしまった感覚だ。
「恭介ー」
「あ?」
 背後からの明日菜の呼びかけに、どうせおかずのリクエストにでも来たのだろうと洗い物の手を休めずに生返事をしていると、彩りよくイメージされていたお弁当が吹き飛ぶ言葉が聞こえてきた。
「わたし明日のお弁当いらないから」
「はぁ!? そーいうことは、買い物に行く前に言えよ」
「しょうがないでしょ、今メールでランチのお誘いきたんだから」
 ごきげんな足取りで部屋に戻る姉を、怨みがましく見る。
 麻奈は出張中、朋は軽めのものでとリクエストがあった。
(明日使おうと思って野菜避けといたのに……だったら全部、夕飯にぶち込んでやれば良かったぜ)
 中途半端に残された野菜は冷蔵庫に入っている。明日の晩くらいまでなら保つだろうが、お弁当の隙間にでも入れようと思ったくらいの微々たる量。
「あーくそ、肉だって解凍しちまってんのにどーすんだよ……」
 洗い物を片付けて、取りかかるつもりだった仕込み。
 けれど、献立が纏まらない今は手を付けられそうにない。
(アイツなら、どうすんのかな)
 ふと、テーブルに置いていた携帯を見る。
 メールも来ていないということは、宿題にでも追われているのだろうか。
 少し躊躇って、由奈へと電話をかけてみる。
(別に、彼氏なんだから電話くらいかけたっていい、よな……)
 そう自分に言い聞かせてみるものの、つい最近までは仲の良いクラスメイトだった彼女と恋人同士になった、ということを改めて認識すると恥ずかしくなる。
 どことなく由奈は友達の延長、なんて気はするけれど、今までより一緒にいる時間が増えたことが嬉しいなんて女々しいこと、絶対に口が裂けても言えない。
『もしもし、恭介くん? どうしたの?』
「お、おぅ。悪ぃな、こんな時間に……」
 コール音が鳴り終わったことも気付かず、突然耳に入った由奈の声に、思わず携帯を落としそうになるほど驚いた。
 電話1つでこんなにも緊張してるだなんて、きっと彼女は知るよしもないのだろう。
「あの、さ。おまえって嫌いな物あるか? 姉ちゃんが急に弁当いらねぇとか言い出してよ」
『私に作ってくれるの? 恭介くんの手作りだったら、何でも食べるよ!』
「そんな期待しても、大したモンは作れねーぞ?」
 電話をする前に躊躇っていたなんて嘘のように、話しているのが楽しい。
 ずっと話していたいけれど、目に入った時計に現実へ引き戻された。
「げ、もうこんな時間か……悪いな、遅くまで」
『ふふっ、明日のお弁当に愛情たっぷり込めてくれるなら許してあげる』
 なんてね、と冗談めかして笑う由奈に、折角収まりかけていた心が再び熱を持つ。
「ば、バカッ! んなモン入れるわけねーだろ」
『……え?』
「入れたら……フタが閉まらなくなる、だろ」
 カチカチと、リビングの時計が沈黙の時間を刻む。
 勢いで何てことを言ってしまったのだろうと、この空気を打破する言葉を模索する。
 けれど、その沈黙を破るのは由奈が先だった。
『恭介くんでも、そういうこと言ってくれるんだね。……なんか、嬉しいな』
「え、嬉しい……のか? これ」
 何変なことを言ってるの? なんて言葉が飛んでくるかと思ったのに、電話の向こうでは照れ笑いを浮かべているのか小さな笑い声がする。
『だって、恭介くんってば素っ気ない態度が多いから。ちょっと不安になってたんだよ』
「それは――ごめん、どう振る舞っていいか、わかんなくて」
『たまには、今日みたいなことも言ってね?』
「……気が向いたらな」
 えー、と抗議する声すら可愛く聞こえる。
 由奈も俺と同じように、今までと変わらない態度に不安だったんだ。
 なんだか、遠回りしたみたいで馬鹿馬鹿しい。本当はこんなに思い合っていたのに。
『恭介くん』
「ん?」
『だいすき、だよっ』
 ――プツッ。ツーッツーッツー……
「は……え?」
 突然の言葉と共に切られた電話。
 大方、言ってみて恥ずかしくなって切ったとか、そんなところだろう。
(言い逃げっておまっ……狡くねぇか!?)
 まだ耳に残る、甘く柔らかい由奈の声。通話終了と文字の浮かんだディスプレイを見ながら、恭介はしゃがみ込んだ。
 メールで何か返事をしてやろうか、とも思うけれど、そんなメールを残されるのも恥ずかしい。
(美味いって言われる弁当でも作って……なんか言ってやるか)
 もっと素直に気持ちをぶつけていいのなら、伝えたかった言葉がある。
 遠慮していた分覚悟しろと言わんばかりに、恭介は微笑を浮かべたままお弁当の仕込みを始めるのだった。

- end -

2010-10-02

バカップル直前なイメージ。境界線を越えちゃったら、別人みたいに甘くなりますよね。
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浅野 悠希