9月15日


立夏×由奈 ...01

 ボクの夏休みボケは治っても、天気は未だに夏気分。
 学校じゃ衣替えも始まる季節だっていうのに、ジリジリと焼けるような日差しは衰えることを知らないで、遠慮なくボクの体力を奪っていく。
 日陰を選んでお弁当を広げていたけど、今日くらいはめいいっぱい我が儘を言ってみたくて、両手を広げて勢いよく後ろに倒れ込んだ。
「あーつーいー! ねぇねぇ由奈ちゃん、もう今日は早退しちゃってさ、美味しいパフェでも食べに行こうよー」
「あと2時間なんだから頑張ろうよ。お店は逃げないでしょ?」
 お店は逃げなくても、ボクの誕生日は終わってしまうのに。
 誕生日に学校があると、口先だけのお祝いからちょっとしたプレゼントまで貰えるのは嬉しい。その代わり、好きになった女の子と2人っきりで過ごせないのは寂しいなって思う。
(彼女として祝ってほしいって言ったら、どんな顔をするんだろう)
 今日が何の日であるかは勿論のこと、自分の気持ちだってまだ伝えてない。
 何も知らない由奈ちゃんを責められるわけもないけど、学年が違うのにこうして2人でお弁当食べて休みの日も2人で遊びに行って。少しは期待したくなるような関係だと思うのに、ボクが何をしたって照れてくれることはない。
 変に先輩のように気を遣わず、同級生みたいに見られ方を気にしなくてすむ年下は対象外とでも言われているような気分だ。
 目を瞑り、力を抜いて大地に体を預けてみる。
 少し疲れていたからか、たったそれだけのことが心地よくて、ついでにもやもやとした気分も晴れれば良いのにと願った。
 ただ「誕生日なんだ」と言って甘えてみせれば良いだけなのに、特別な思い出を増やしたい自分と増やしたくない自分が心の中で戦ってる。
 告白だって、失敗すれば冗談めかして笑えば良いだけ。明日やればとか、いつか出来ればとか。そんな風に逃げる人が大嫌いなボクらしくない迷い。
 それだけ、好きなのかもしれない。
 嘘の笑顔は慣れたはずなのに、取り繕えなかったらどうしよう、ギクシャクしちゃって友達に戻れなかったらどうしよう。
 そんなことばかり考えたって何も変わらないのはわかっているのに、最初の一歩が踏み出せない。
「拗ねないでよ、私だって立夏くんと遊びに行きたくないわけじゃないんだよ?」
 困ったような由奈ちゃんの声は意外と近くから聞こえてきて、きっと覗き込みながら眉を寄せてるんだろうってことは分かった。
 その距離が、悪戯しやすいだろうことも。
「きゃああっ?!」
 苦手な授業が待っていることを零していた彼女は、ボクが話を半分も聞かないで悪戯の算段をしているなんて思わなかったんだろう。
 簡単にボクの腕は由奈ちゃんの背中を捕らえることが出来て、体勢を崩した彼女はそのままボクの上に倒れ込んだ。
「もうっ、悪戯にしたって限度が……」
 こうやって抱きしめるのは、初めてじゃ無い。
 誰かに悪戯をしかけて逃げてるときや、廊下の端で見つけて嬉しくて駆け寄ったとき。抱きしめると言うより抱きついたって言い方のほうがしっくりくるそれは、最初こそ驚いてくれたものの最近では慣れたように窘めたり仕方ないなって笑ったり。
 特別な意識を向けてくれることはなかった。
 何も変わらなくたって良いから、せめて誕生日の今日だけはこうしていたい。いつもと違って「ゴメン」だなんて笑い飛ばさず真面目な顔で由奈ちゃんを見れば、睨むようにボクを突き刺していた視線がだんだん鋭さを失っていく。代わりに頬を赤らめて逸らすから、いつもとは違う理由で心臓が痛くなってきてしまう。
 急かすように内側から叩きつけられて、それが伝わる前に離さなきゃと思うのに思わずぎゅっと抱きしめた。
「り、立夏くん! 少し苦しいよ……」
「あっ、ご、ゴメン――……っ」
 慌てて緩めた腕の中で身じろいだかと思えば、頬にキス。
 何が起こっているのかわからなくてポカンとするボクを見下ろすように体勢を整えた由奈ちゃんがニッコリと笑う。
「誕生日おめでとう。ひとつ大人になった立夏くんに、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「へ? あ、うん」
「良かった! あのね、立夏くんの彼女になりたいんだけど、私はいつまで待てばいいのかな。今日からじゃダメ?」
 はにかみながら小首をかしげるくせに、言葉には全然恥じらいも無く直球過ぎて言葉も無い。
 嬉しいし、全力で「勿論!」って返事したいのに、この押し倒されたみたいな体勢と相まってちょっとだけ悔しさもこみ上げてくる。
 ボクがこっちの気も知らないでとヤキモキしていた間、全部由奈ちゃんに気持ちは筒抜けだったってことに気づかされて、文句を言うのが先か告白の返事が先かと考えてる間にまた顔は近づいてくる。
(……なんか、由奈ちゃんに勝てる気がしないや)
 年上だからじゃなくて、彼女だから。
 思い描いていた理想の恋人同士とは違って主導権は握られたままになりそうだけど、何も変わらないよりは幸せだし贅沢を言ってる暇なんてボクにはない。
「よろしくね、由奈ちゃん」
 だけど、いつまでも大人しくなんてしてやるもんか。


 ――大人になったら立場は逆転してるかもって、密かな野望は切なる願いとともに心の奥底へ隠したまま、ボクらはキスをして笑いあった。

- end -

2011-09-16

立夏ハピバ! 肉食系女子って、こういう感じなのかしら?
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浅野 悠希