キミがスキ


タクミ×由奈 ...01

 屋上で1人、流れる雲を見ながらあくびを噛みしめる。
 昼休み前のガラガラな食堂でエビフライ定食を食べ、温かな日差しを浴びれば眠くなると言うもの。
 けれど、眠ってしまうのは勿体無い気がした。
 まだ起きてからさほど時間が経ってないことも相まって、4時間目の終わりを告げるチャイムは、どこか遠くに聞こえる。
(……さて、午後からはどうするかな)
 ぼんやりと椅子に座ったまま、これから起こることを考えてみる。
 きっと、昼休みの屋上なんてお弁当を持った生徒が集まって昼寝どころじゃないだろう。
 保健室に避難しても良いけれど、きっとここにいるのが1番面白い。
「タクミくんっ!」
 バンッと勢いよく由奈が扉を開けて屋上へやってきた。
 予想通りとでも言わんばかりに笑みを浮かべるタクミとは正反対に、由奈は少し怒った顔をして詰め寄ってくる。
「お休みかと思って心配してたら、何が『エビフライ食べて昼寝する』よ!」
「心配、してくれるんだ?」
 冗談めかして言ってみても、由奈の機嫌が直ることはない。
 それは勿論わかっていたけれど、ますます怒ることもなく、目線を落として溜め息を吐く始末。
「……心配、しないわけないでしょ」
「それってさ、彼女の義務感?」
「そんなんじゃないよ! だって私は付き合う前から――」
 そこまで言っておいて、ハッとしたように口を閉ざす由奈を、当然タクミが見逃すわけもなく、口の端を上げて彼女の顔を覗き込む。
 けれども、ここで目を逸らせばもっとからかわれてしまうと、由奈は逃げることなく真っ直ぐ見返した。
「そーんな顔してどうしたの?」
 強張った顔で口を堅く結んでも、頬はどんどん赤く染まっていくし、目だってどこか怯えるように潤ませてる。
 でもそれは、遠巻きに自分を見る連中のような恐怖とは違う。彼女の瞳に嫌悪は含んでおらず、ただ羞恥の言葉を紡がなくてはならないのかとハラハラしているだけだ。
「だんまり? ……ああ、キスしてほしいんだ?」
「え、違っ……!」
 由奈が後ずさるより早く、タクミは彼女の背中に腕を回す。
 逃げるのを許さないというように、ぎゅっと抱き締めた途端、もう1度屋上のドアが開く音がした。
「おーっし、いっちばーん……じゃ、なさげ……だな?」
 ドアを開けたまま固まる隆志の後ろには、がやがやと屋上に向かってきている生徒達の声がする。
 こんな所を見られる訳にはと由奈は必死に腕を外そうとするが、タクミがそう簡単に腕を離すわけもなかった。
「そういや昼休みだっけ。オレは別に見られたって平気だけど……」
「いやいや! なんか取り込み中みたいだし、ジャマなんてしねーって!」
 バタンッと盛大な音を立てて閉じた扉の向こうでは、何やら叫び声が聞こえる。
 大方、隆志が気を遣って皆を追い返しているのかもしれないが、そんなことをされると返ってどんな顔で屋上から出ればいいのかもわからず由奈は困惑してしまう。
「……ね、今誰のコト考えてるー?」
「誰って、隆志くんに迷惑かけちゃった上に、屋上から出にくくなったじゃない」
「オレを見てよ」
 誰のせいでと文句を言われても仕方がないほど、我が儘になっている自分に笑いが込み上げてくる。
 初めて会ったときは、自分の周りにいないタイプで珍しかった。
 同じクラスになったときは、からかえば楽しいと言うことに気付いた。
 良く話すようになってからは……懐かしい、と感じるようになって。
(似ているけど違う……守りたいだけじゃなくて、オレもそこに居たい)
 他人と馴れ合わなくても生きていけるし、困ったことなんてなかった。だけど、それだけでは満たされない部分があることに改めて気付いた。
 昔に気付かせてくれた子のように、ほんのりとした暖かさがあるだけでなく、時折心をかき乱すような刺激をくれる女の子。
「好きだよ」
 ありふれた言葉に、どれだけ価値があるのだろう。
 バカみたいにニコニコ笑って、好きだの嫌いだのギャーギャー騒ぐことなんて、自分に1番無縁だと思ってた。
「……どうしたの?」
 一呼吸おいて、努めて冷静に聞き返す由奈に、少し前なら反応が面白くないとからかっていただろう。
 でも今は、前よりももっと表情の変化に気付ける。素直に欲しいと口に出来る。
「んー? 好きだなぁって思っただけ」
「も、もう! そんなこと言ったって午後の授業はサボらせないからねっ」
 拗ねた横顔も、ちょっと強気な性格も、全てが可愛いし、守りたいと思う。
 目が離せない彼女が、懐かしいあの子と決定的に違うところ。由奈にだけ望んでしまうもの。
「由奈は、オレが好き?」
「へっ? そりゃあ、まあ……」
「じゃあ、それよりも好きだから」
 軽く額にキスをすれば、また頬を赤くさせて口ごもる。
 そんな顔が見たいと思うのも、ずっと抱き締めていたいのも、好きだと言って笑って欲しいのも。全部、目の前の愛しい彼女だけだ。
「……私だって、何倍も好きだもん」
 顔を隠すようにもたれてくる由奈の呟きに、フッと口元を緩めてしまう。
「じゃあ、ずーっとこうしてよっか。来年も10年後も、由奈の隣はオレ専用だから」
 この温もりを幸せと呼ぶのか、そんなことはわからない。
 ただ彼女がそこにいること。それだけでタクミは満たされるのだった。

- end -

2010-11-01

彼氏とバカップルになりました!
隆志くんはいい人ですよね、だからこそ虐めてあげたくなります。タクミくんの愛情表現は特殊だと思うので、言葉にしない部分が難しい……。
clap

浅野 悠希