見える未来が怖いだなんて、本当にどうかしてるな。
それを回避できるなら、どんな手を使っても構わない。
「いいから! お前はオレ様の言うことを聞いてればいいんだよ」
ここまで大声を張り上げるつもりじゃなかった。
ただ『ダイエットいつまで続ける気だ』と聞いてみただけのつもりが、いつの間にか口論となっていたんだ。
昼休み、コイツがダイエットを始めてからは、弁当のカロリーや栄養バランスチェックを理由に一緒に飯を食うことが日課になりつつなっていて……休んでいる人がいないことを確認した桜川は、オレの近くにある小さな椅子へと座り、弁当を膝の上に広げ始めた。
嬉々としてダイエットの成功を話す桜川に、ふとした疑問が浮かんでその質問をしたんだ。
「そうだな〜……目標は大きく45kgとか!」
笑っている桜川に、冗談の1つでも言ってからかってやろうとして、じっと見た。
順調に痩せてきたコイツは、雰囲気が目に見えて変わってきている。もしこのまま痩せたなら……。
そんなときに脳裏に浮かんだのは、いつかの飲み会で見た昔の写真。
桜川の親父だか兄貴だかが、酔っ払って自慢げに見せてきったことがあった。それを見た時は、すでに素晴らしい体型をしていたコイツの面影は欠片もなく、冗談半分に聞いていたのだ。
それが今や、徐々にその面影を取り戻しつつ……いや、年頃の成長具合もプラスして姿を現そうとしている。
それは楽しみである反面、怖かったんだ。
何がなんて考えないまま、次の言葉を発していた。
「お前なぁ、ちゃんと自分の身長とか、そういうの考えて言ってんのか? 単純に周りと比べて言ってるだけなら止めちまえよ」
「どうしてそんな風に言うんですか!? 私はただ……」
俯いた桜川に、少し言い過ぎたかと感じたオレは、小さく舌打ちをするといつもの軽口を1つ言ってみた。
「あんまり体重落とすと、胸まで減るぞ? オレ様はもっと色気のある方が好みなんだけどな」
「……結局、先生は協力してくれるんですか?」
ムッとした声にオレは思わず眉間にシワを寄せる。
今までだって、学校でも帰ってからもサポートしてきたってのに、その言い方はないんじゃないか?
「私は、自分のためにダイエットしてるんです。先生の好みなんて聞いてません」
「そりゃそーだ。お前が大人の女になれるなんて、誰が思うかよ」
「だったら、あまり余計なことを言わないでくださいよ!」
コイツの言うことはもっともで、子供染みたちょっかいを出してるのはオレだ。
なのに、せっかく綺麗にしてやって、すんなり人の手に渡すのが気にくわねぇ。
「いいから! お前はオレ様の言うことを聞いてればいいんだよ」
思わず考えなしに叫んでしまった言葉に後悔するも、桜川は信じられないモノを見るかのようにオレを見ている。
つーか、オレ自身が1番驚いてるっつーの。
「わけわかんない……」
「なんだよ、そんなにオレ様好みになるのは嫌なのか?」
自分の好みは決して悪くない方だと思う。
教職をしながら勉強は二の次でってのは褒められたモンじゃないだろうが、見た目の好みは結構ウルサイほうだと思う。
「そこらのモデルなんかより、キレイになれるぞ」
桜川にしてみれば、元の素材が良いんだから保証は出来る。
けれど、何が不満なのかブツブツと弁当を突っつき回し始めた。
「別に、好みを疑ってるわけでも嫌なワケでもないんですけど……」
「けど、なんだよ」
「……ノート持ち込みOKなテストみたいだなぁって」
つまんない、と言いながら食い始めた桜川にオレが唖然とさせられる。
(それって、オレ好みになりたいって聞こえんだが)
自分が何を言ったのか自覚がないのか、黙々と弁当を平らげるコイツにオレは口の端を上げる。
「なら、もっと面白くしてみるか? 手軽にキレイになれる新メニューを増やしてもいいぞ」
「え、そんなのあるんですか!?」
目をキラキラさせる純粋さに苦笑しながら、オレは茶を淹れてやる。
「ああ、お前は見所ありそうだし、あと一踏ん張りにオレ様も一肌脱ごうじゃねぇか」
コトン、と桜川の前に湯呑みを置いて、それを合図にするように椅子を滑らせて間合いを詰める。
「……恋愛の手ほどき、してやろうか?」
「へっ!? い、いいですっ! そんな冗談止めてくださいよ」
「まあ、そうだな。今の所は」
「え……?」
もうちょっと絞ってくれりゃ、もしかしたら本気になるかもしれねぇ。
そうじゃなくても、普通の生徒より気にかけてるのは事実だ。
(近所に住んでるし、鷹士みたいな兄心かとも思ったが……)
美味しくなりそうな果実があるなら、先に手を打っておくべきというもの。
桜川がオレに意識を向けるように、立場を利用して誘導する。
職権乱用? いや、これは――立派な作戦だ。
- end -
若槻先生と一緒に料理したいっ! 最初のスチルが野菜炒めなんですよねー。
clap
浅野 悠希