ひだまり


501号室 ...01

 少し過保護なお兄ちゃん。
 いつでも守ってくれるお兄ちゃん。
 優しく包んでくれるお兄ちゃん。
 いつまでも、笑いあえますように――



 お兄ちゃんにピアスをもらってからというもの、気づけば毎日のように私の耳へと触れることがお兄ちゃんの日課となっていた。
 その度に、『まだ早いもんな』『どれだけ似合うんだろうな』なんていいながら指で優しく撫でる。
 ときには耳元で囁いて、唇が掠めて……私は気が気じゃなかった。
 触れられることは、当然イヤなんかじゃない。
 けれど、初めはこそばゆいような感じだったのに、次第に耳へ意識をもっていくことが多くなったためか、身体を震わしそうになる。
 お兄ちゃんに触れられて身震いしそうになるなんて言えば、きっと嫌われたなんて勘違いされそうだから言えない。
(どうすればいいのかなぁ……)
「ヒトミ、どうしたんだ? もうすぐ朝ごはんできるから、座って待ってろよ」
 落ち着かない様子でリビングに立っている私がキッチンからも見えたのか、ひょいと顔を出してお兄ちゃんが笑う。
 つられて微笑み返すと、お兄ちゃんは機嫌よく鼻歌を歌いながらキッチンに戻っていった。
(……お兄ちゃん、格好いいんだから演歌以外も歌えばいいのに)
 知らないわけでもないだろうし……って、違う違う!
 すっかり和んで忘れるところだった。
 でも、これ以上考えているとお兄ちゃんが心配するかもしれないし……今は朝食の準備でも手伝おうかな。
 座って待ってろなんて言われたけれど、じっとしてたら余計に考えちゃいそうだもんね。
 そう考えてテーブルの準備を始めると、フッと視界が暗くなる。
 停電になったわけでも、急に曇ってきたわけでもない。
 ぎゅっと抱きしめられて、その影がお兄ちゃんだと気づく。
「こら。お手伝いは嬉しいけど、お兄ちゃんに何を隠しているんだ?」
「べ、別になにも……」
 抱きしめられているから身動きの取れない私は、テーブルに視線を落としたまま答えるけれど、この状況と考え事を見抜かれはしないかということが手伝って、ドキドキと高鳴る胸は収まらない。
「……本当に?」
 なのに、お兄ちゃんは自分の唇を私の耳に寄せて、ゆっくり諭すように囁いた。
 その声は必然的に低くなって、どこかに響く感じだ。
 その触れるか触れないかの距離で囁かれるのは、やっぱり震えそうになる。
 手を握り締めて耐えていたら、ふわりと暖かい手が上から添えられた。
「どうした? 兄ちゃん何か嫌なこと言ったか?」
 違うよ、お兄ちゃんは悪くない。
 俯いてちゃだめだ――!
「……やっ」
 顔を上げたとき、ぶつかってしまった。
 神経を張り巡らせた耳と、熱く囁く唇が。
 ビクリと身体を震わせて、短い悲鳴をあげた私を、お兄ちゃんは強く抱きしめる。
「ご、ごめんなさい! あのね、お兄ちゃんのこと大好きなんだけどね、なんでかわからないけどこうなっちゃって……」
 私の落ち込んだ声にクスリと笑みを零すと、お兄ちゃんは一瞬躊躇って、あやすように頬に口付ける。
「俺がお兄ちゃんじゃなくなっても……好きでいてくれるか?」
「……え?」
 キョトンとした声にクスクスと笑って頭を撫でると、さっきまでの雰囲気がなくなってしまった。
「ごめんな、兄ちゃん変なこと言って。ヒトミはお兄ちゃんと何をするのが好きだ? 兄ちゃんはな、ヒトミが大好きだから……こうして抱きしめるの好きなんだ」
 いつもの調子で言ってのける兄に照れつつも、自分を抱く腕に触れて目を閉じる。
「……私も好きだよ。ちょっと恥ずかしいけど、すっごく落ち着くしね、ひだまりみたいにぽかぽかするの」
「……じゃあ、もう少しちゃんとお兄ちゃんやらないとな」
 ポツリと呟いた言葉には、いつまでも守りたい兄の心と、願ってはならない禁忌を望む男の本能がぶつかり合っていたが、ヒトミがそれに気付くのは当分先のことになりそうだった。

- end -

画面に向かって思わず泣きながら謝ったというお兄ちゃんルートは思い出深いなぁ。
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浅野 悠希