リビングのテーブルの上には2つのホットミルクが並ぶ。
家の主はそんな物を飲みたい気分ではないのだが、冷える夜に訪ねてきた来客をもてなすついでとばかりに自分の分も作った。よく子供扱いされては頬を膨らます彼女を見かけるために、子供じみた飲み物を1つ差し出せば文句を言うかもしれないと思ったのだ。
それでも、彼女の分にだけ1さじのはちみつが加えられているのだが。
「ちゃんとした理由を説明しろ」
泊まらせてくれとは聞いたが、それはあの軟体動物のいない今夜一晩限りのことだと思って承諾したのだ。なのに、実際家にあげてみれば家出少女のような大荷物。長期間になるというならば、それ相応の理由がなければ納得いく話ではない。
「……ルルーが、カーくんをつれていっちゃって」
「………?」
サタンじゃなくてか、と訪ねようとして、それが愚問であることに気づく。
アイツならば、アルルごと連れ去るに違いないと少々イラつかせながら話の続きに耳を傾けることにした。
「カーくんを手懐けて、サタンに認めてもらうまでは返さないって言われて。それでボク、ここに来たんだ」
俯きがちだった金の瞳が、真っ直ぐ空色を捕らえる。
真剣に見つめてくる様に胸を高鳴らせてしまう自分が悔しいが、魔導力を差し引いたとしても興味があることは事実であり、数ある人のなかから選ばれたことに優越感と少しの期待を抱いて、生唾を飲み込む。
「だってシェゾなら……安心だから」
無邪気に微笑む顔が、こんなに憎らしいと思ったことはあっただろうか。
確かに負け続きだが、シェゾは執拗に狙っているのに危険人物と見なされていない。あまつさえ、男としても見られていない事実に大きな溜息をつく。
「そう……か。他にいなかったのか? ほら、ドラコとかウィッチとか」
「ウィッチは新薬の実験体にされるから、絶対ダメ。ドラコは……美少女コンテストで勝つまで秘密の特訓があるからって」
納得できるほどの十分な理由ではなかったが、特別な理由で選ばれたわけではないことには納得せざるを得ない状況に投げやりな態度で家の中を軽く説明する。
果たして、あのお嬢様が無事にカーバンクルを手懐ける日がくるのかは心底不安であるが、しばらくはカレーだなんだと食べ物で釣って奮闘することだろう。行くところがないくせに1人は嫌だと言い張るアルルを帰すための説得も諦め、唐突に半同棲が開始されることになった。
「安心するのは勝手だが、気は抜くなよ」
「キミがボクから魔導力を奪うなんて無理だと思うけどね」
色々な意味を含めて言ってみても、やはり返ってくる言葉は予想通り。何も思っていないからこそこの家に来たのだから仕方ないと言えばそれまでだが、なんにせよ興味を持っている人物を常に間近で感じられるというのは悪くない。
「今日のところはオレのベッドを使え。別の部屋で適当にするから」
「え? 一緒に寝ないの?」
カーくんとは、いつも一緒に寝てるんだよ。と言われたところで、返事に困る。
ぐーっ! とでも言えば満足か?
「……一緒に、ってお前……それは、いくらなんでも」
「そうしたら寂しくないし、寒いときはぎゅってできるもん。ダメかなぁ?」
ダメに決まっているだろうという言葉が喉まで出掛かって、可愛くお願いしてくる様子に声を荒げるのを止めようと言葉を飲み込んだ。
何か、変な魔力に取り付かれているのかもしれないと思うほどアルルが可愛く見え、この申し出を断るのは勿体無いとか信頼されている手前生き地獄だとかいう思考がぐるぐると駆け巡る。
要は、本人は気になる程度にしか自覚していないが実際はベタ惚れなわけである。
「それじゃあシェゾ、おやすみ!」
言うが早いか眠りにつくのが早いアルルに驚くが、しっかりと握られた手の温かさに微苦笑を浮かべるしかない。
「ったく……しょうがねぇな」
自分自身でも、困っているのか嬉しいのかはわからない。
ただ、彼女の中の自分の存在を変えてみたいと、興味はより一層深くなったことだけは確かだった。
- end -
浅野 悠希