これを幸せだと、そう思えるの?
どこの世界にも帰れない、この世界で。
「何を考えれば、そんな浮かない顔が出来るのですか」
静かに抱き寄せる腕の力が強くなる。この温もりだけが現実、この声しか存在しない。私とあなたは全てを失った――お互い以外を、全て。
これ以上表情を読み取られないように、しっかりと顔を埋めて首を振る。不安なんてない、きっとなんとかしてくれるから。何が起っても、あなたがいれば大丈夫。
今までの、あなたなら。
「似合ってたのに、な」
スッキリとしてしまった首もと。それを使ってしまうほどに力を使い果たして、そうさせてしまうほど私を追いかけてくれた。
いつから、そうなってしまったんだろう。ついこの前までは、わたしが必死になって追いかけていたのに。
「……残念ながら、また作ることは出来そうにありません」
ということは、永遠にこのまま。この温もりと声だけに包まれて、魔王の城でみんなの人形を眺めながら過ごすんだ。
元の世界もロデの世界も、動くみんなどころか他の土地以外に行くことさえ出来ない。あなた以外の色も音もない世界。
「そっか、また花火を一緒に見たかったな」
本当はあまり覚えてないけれど、揚がるのが待ちきれなくて寝てしまった私を運んでくれたんだよね。
「公園でお喋りしたいことも、たくさんあったんだ」
あなたの髪を芝生みたいに綺麗な色だなんて言ったこともあった。小鳥が囀って、色とりどりの花が咲いて。静かに眺めているだけでも幸せだった。隣に、あなたがいたから。
「…………」
あなた以外を考えている私に、もう言葉すらかけてくれない。この世界であなたまで失ったら、わたしはどうすればいい?
「迷ってた、けど……引き留めてくれるって思ってた。大人だから言い出せないって言うなら、私の世界へ引っ張っちゃえって」
いつも冷静で、最善の判断をくだすのに。どうしてこれが最善だと思ったんだろう、私にはわからないよ。あなたじゃないから。
「画面越しのロデの世界、見せてあげたかったな。ううん、一緒にいられるならどこだっていい。文句なんてない」
そう、あなたがいるなら戻れなくてもいい。それをあのとき告げられたなら、きっとこんなことにはならなかったはずなのに。
「私は、ラクロと一緒にいたかった」
今のあなたは誰なの。
聡明で優しくて、バカにして呆れながらも1番近くにいてくれた、私の大好きなラクロはもう、いない。
「……言いたいことは、それだけですか」
酷く冷たい声。
ああ、私は本当に全て失っちゃうんだ。変なことを言わなければ良かった。
「言いたいことがないのなら、暫く大人しくしていなさい……」
私が逃げることのないように片手で力強く押さえ込むと、苦しむような声。私以外に声を出せるのは、1人しかいない。
「らく、ろ?」
何をしてるの、お願いだから顔を上げさせて。
カランと響く金属音。何かを確認することは出来ないけれど、ラクロが苦しがっていて、私に見せないように何かを――
「ねえ、もう作れないって言ったよね? 無理だって自分で言ったじゃない!」
普段の戦闘では、魔法を使うから武器なんて魔導書くらい。けどとっさのことのためにナイフを持ち歩いているんだってアルヴァンドが教えてくれた。
悪い予感ばかりが脳裏を過ぎって、私は懸命に腕から逃れようとするけれど、まだ力の入っているのか解いてくれない。
「大人しく、していなさい。全く貴女は本当に手のかか、る」
「ラクロ、ラクロってば! 何をしてるのよ、お願いだから放して!」
本当は、このまま力が入っていれば元気なのだと思えるから、腕の温もりが離れて行かないようにと少しだけ願ってた。
けれど、神さますらいなくなったこの世界では、私の願いを聞き届けてくれる人なんていない。
ぐらりと私を抱えたままラクロが背後に倒れる。もう座っていることも出来なくなってしまったのだと、泣きそうになるのを堪えて腕を振り払った。
「……っ!?」
ラクロの首もとにいつもあった、とてもキレイな赤。似合う色だけれど、こんなにたくさん腕から流れ落ちるのなんて見たくない。
早く、早く治療をしなきゃ。
なのに、私が手を掲げても何も起らない。確かに村娘Aとかって配役だったかもしれないけれど、私だって回復の1つや2つ出来たのに。
「ムダ、ですよ」
「そんなこと、ない!」
術がつかえないなら応急処置をするしかない。とっさにアイテム袋を見るけど治療薬はゼロ。さっきのボス戦で全部使っちゃったんだ。
「貴女が、何を望んでい、るのか、気づけ、なくて、すみま、せん」
途切れ途切れになる会話を聞きたくなくて、私はどうすればいいしか頭に浮かばない。いやだ、このままなんて絶対いやだ。
「それでも、私は、あなた、を……」
プツリと不自然に途切れた会話。
ねえ、私が何? ちゃんと言ってよ、わからないよ。
「ラクロ……? どうしたの」
悪い冗談でしょ。また、本当はどうでもないのに大げさにするんだから。もうアルヴァンドはいないんだから、そんなことしないでよ。
「私がどうしたのよ、ねえ。ラクロ!」
何もない、この世界。戻れない、私の世界。
色も音も温もりも、たった1つしかなかったのに。
「――っ」
私が迷ったから。
私がワガママを言ったから。
私は全てを失った――
「……い、ほら、遅刻しても知りませんよ」
あれ、どうしたんだろう。なんだかベッドの中にいるみたいにふわふわで、まどろんでるのが気持ちいい。
「いい加減に、起きなさい!」
「うわぁっ!?」
身を切るような寒さに飛び起きて目を開ければ、懐かしいけれど見慣れた私の部屋だ。
「なんだ、すっごいリアルだったのに夢オチかー。まあこっちにはナオヤ君もいるし、それはそれで……」
身震いをしながら掛け布団の端を掴んで、時計も確認せずにもう一眠りしようと横になる……つもりだったんだけれど、布団がちっとも動かない。全くもうと思いながら、どこかで引っかかってしまったのかと散らかっている部屋へもう1度視線を巡らせる。
「ほう、この状況で他の男の名をだしますか。貴女の度胸には感服しますよ」
私の掛け布団を掴んで、ベッド脇に立っているのは見間違いようもないくらいに、ラクロだ。悲しい夢を見たあとだからか、ゲームのキャラだということも忘れてつい涙腺が緩む。
「ラクロ、なんだよね。本当に、ほんとの」
「訳のわからない人ですね。ナオヤにでも見えますか」
貴女に外傷はなかったはずですが、なんて頭を抱えてるけど、元気な姿にホッとする。ある意味あれは夢で、でもあの旅自体は本物だったんだ。
「先ほど、お母様がおいでになりましたよ。起こすのに苦労してるなら、先に向かってくれていいですよと。あと15分ほどで行かなければならない場所があるようですが」
「あー学校……って、お母さんにあったの!?」
「ええ、普通に」
そんな、ゲームのキャラなんてどうやって説明したらいいんだろう。まだ救いは普通の格好をしていたことだろうけど。
「って、そうじゃなくて!」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえます」
少しムッとした顔で眼鏡をなおす仕草をしてるけど、確認しなきゃ納得できない。
「あれは、どこまでが夢だったの?」
「――あれ、の説明がなければ、私には到底説明出来るものではないと思いますが」
ふう、と溜息を吐いてズボンのポケットから小さな宝石を取り出した。首飾りほどの大きさはないけれど、間違いなくこれは結晶だ。
「私が意識を失ったあと、貴女は泣き疲れて倒れていたのでしょう。手には私が捨てた短剣を握りしめていましたから少々焦りましたよ」
コツン、と痛くない拳で額を小突かれて、宝石からラクロの顔に視線を移せばぐしゃぐしゃに歪められた顔。こんな顔もするんだ。
「どれだけ私の寿命を縮めたら気が済むのですか、貴女は」
「それを言うなら、ラクロだって――!」
私がそう言うことはお見通しだったように観念した顔をして、私が座っているベッドの隣へ腰掛けてきた。一定の距離が取られてはいる物の、近くなった顔に少しドキドキして心持ちもう少し間隔を開けてみるように後ずさった。
「自分でも、勝率の低い物へかけたことは反省しています。けれど、かけざるをえなかったんですよ」
そこまで言い切って、私の方をじっと見る。それって、私のせいだって言われてるみたいで、もの凄く落ち着かないんですけど!
「相談くらいしなさいよ。心配するでしょ、誰かさんも言ってたけど」
「それくらい、いつも私のことだけ考えていてください。他の男の名など紡げぬように」
うわ、さっきの凄い根にもってる。
「だって、ラクロがこっちにきてくれるだなんて思わなかったんだもん、仕方ないよ!」
「ええ、私自身も実感ありませんよ。でも、そんなことはどうでもいいんです。貴女が存在する世界が、私の生きる世界ですから」
- end -
絶対持ち帰りEDだと思ってたんですよねー。それか、ちょっと悲恋な感じか。ちょっとじゃなかったよ。
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浅野 悠希