寒い日が続けば、いつにも増して恋人たちがくっついているように見える。
別にそれが羨ましいわけじゃない。俺にだって可愛い彼女くらいいるし、喧嘩だって……たまにはするけど、まぁ順調に付き合ってるし。
ただ、ちょっと正直すぎる口は、どうにかしなきゃいけないと思った。
「そんな泣くほどのことか?」
学校からの、いつもの帰り道。1度帰るとスーパーのタイムセールを逃しそうだったから、由奈に付いてきてもらった。
行きは『遠回りで帰れるのが嬉しい』なんて笑って腕にくっついていたくせに、今じゃ涙目。そうさせてるのは間違いなく俺なんだけど。
ちょっと前なら、簡単に泣く女なんて面倒で関わりたくもねぇって思ってたけど、由奈限定でなら潤ませた目で睨まれるのも悪くない。なんて、どうしようもないくらいに好きだからって、さすがにワザと泣かすようなことは無い。今のところは。
「だって、手を繋ぎたくないなんて言われたら……やっぱりショックだよ」
腕ならいいんだ。鍛えてたこともあって、捕まれても恥ずかしい腕をしてるとは思ってない。
くっつきすぎると、つい「柔らかいな」とか「意外と着やせすんのかな」とか考えたりもしなくもないけど、それはこの際置いておこう。
由奈に悪気が無かったのも知ってる。手を繋ぎたいって思ってくれるのは嬉しいし、本当なら俺だって繋ぎたい。
でも、手だけはやっぱダメなんだ。どうしても苦手意識があって、理由も女々しいことを知ってるから口に出来ない。
「いや、ほら……今荷物持ってるし、また今度――」
「今までだってそうだよ! よっぽどじゃない限り、恭介くんは手を繋いでくれないよね」
ああ、やっぱり嘘は苦手だ。『また今度』なんて思ってもないことを口にしたからか、泣いていたのに今度は怒り出した。
振り払ってしまった由奈の手は、小さくてふわふわしてて握りしめたら離したくなくなるような、そんな手。俺みたいにゴツゴツしてる上に手荒れも酷いような手で触ったら、傷つけてしまうんじゃないかとさえ思うから、繋ぎたくない。
本当は手もそうだけど、寒さで赤くなってる頬だとか、キスをするときに甘い香りがする首筋とか、触りたい部分は一杯あるんだけど。
「ねぇ、聞いてるの?」
「あ、ああ! 聞いてる」
「…………」
危ねぇ、つい現実逃避するところだった。
ふくれっ面で見上げられても、こればっかりは譲れない。俺はどうにか納得してもらう言い訳を考えなければと、スーパーの袋を握り直した。
「あっれー? お2人さんどうしたの、こんな所で喧嘩してさ」
「奏矢くん! なんでもないんだ、行こうっ」
「お、おい待てよっ!」
よっぽど手を繋がないと言ったことに腹を立てたのか、由奈は俺のほうを見て舌を出すと、そのまま奏矢の隣へ寄りそうように並ぶ。
そんな怒りかたも可愛い……なんて、他の男が隣に立っているのに思えるわけもない。
「おいおい、そんな睨むなよ。由奈も、恭介と話済んでないんだろ?」
「話すことなんてないよ、恭介くんは私のことが嫌いみたいだし」
「誰もそんなこと言ってないだろっ!」
「そういう態度だったじゃないっ!!」
困ったように俺らを見比べる奏矢は、タイミング悪く声をかけてしまったことを後悔でもしてるんだろう。
抑えきることも間に入ることも出来ずに、ため息を吐くだけだ。
「ったく、放課後は仲良く教室を出てったじゃないか。一体何が原因なんだ?」
「恭介くんが手を繋ぎたくないって言ったの。それって、好きじゃないからだよね?」
「うん、それは恭介が悪い」
こっちの意見を聞きもしないで由奈に同意すると、二人して冷めた目で俺を見る。
「俺だって触りたいに決まってんだろ!」
このままじゃ由奈は奏矢のところへ行ってしまうかもしれない。そう思うと黙ってられなくて、2人の間に入って奏矢を睨み付けた。
「だ、だったら怒る前にさ、繋いであげればいいんじゃない?」
「そんなこと…………だし、…………で」
「は? なに、聞こえないって」
「だからっ! 好き過ぎてどうにかなりそうだって言ってんだ!!」
口にしてから、その声が大きかったことに気付く。買い物帰りの主婦たちが、生暖かい目線で俺らを見ていて、奏矢も引きつった笑いを浮かべている。
「なんだよ、喧嘩してたんじゃなかったのか? 心配して損したなー」
やってられないと適当な返事で去る奏矢とは対極に、キラキラした瞳で見上げてくる由奈。さっきまで機嫌が悪かったのが嘘のように、嬉しそうな顔をしている。
「恭介くん……手を繋ぐだけで、そんなに緊張するの?」
「ああ、まぁ……それもある、んだけど……」
これ以上隠し通せるとは思えなくて、俺は降参して事情を打ち明けた。
由奈は気にしないと笑いながら俺の手を握るけど、やっぱりこのコンプレックスは消えそうになくて、俺から握り返すことは出来なかった。
「はい、これで乾くまで少し待ってね」
あれから、由奈の家に遊びに行くときは必ずハンドケアをされるようになってしまった。俺の家に来たときは蒸しタオルとハンドクリームとかで簡単なものしか出来ないからと、蜜ロウのパックとか凝った物を施してくれる。
「こんなめんどくさいこと、いつもやってんのか?」
「毎日はしないよ。たまにだから、恭介くんが来たときにするって決めたら丁度良くて」
女って大変だと思いながら、それが自分のためなら嬉しいとも思ってしまう。
由奈の甲斐甲斐しいケアのおかげで、家事で酷くなっていた手荒れも随分良くなった。それでも、他人に手を見せるのは苦手なままだけど。
「少しでも、苦手意識が減ってくれると嬉しいな」
もし手を平気で繋げるようになったら、こういう時間は無くなってしまうのだろうか。
「別に、手が繋げなくても困らないけどな」
まだ半乾きで手に触れられそうにないから、代わりに由奈の唇へキスをする。
――ほら。手じゃなくたって、触れて思いを伝えることは出来るだろ?
- end -
2011-01-14
余所から見ればラブラブなのに、本人たちは上手くいってないと思ってたり。
奏矢あたりに無意識に惚気て冷やかされてしまえと思う。
clap
浅野 悠希