――コンコンッ
静かな夜に、ドアを叩く音が響く。
珍しい来訪者……しかも月が真上にこようかという時間にだ。一体誰が尋ねてきたのやらと、読みかけの本を閉じて玄関へと向かう。
コツコツと足音を立てて近づけば、その気配に気づいたらしい来訪者はドア越しに明るく声をかけた。
「あ! いたんだね。いなかったらどうしようかと思ったよ」
酷く聞き覚えのあるその声に少々眉を顰めながらも、今更居留守は使えまいと覚悟をしてドアを開く。
そこには、やはりよく見知った元気な少女が1人で立っている。
「……一体何の用だ、アルル・ナジャ」
別に今日はこれといった祭りごともない。彼女が訪ねて来る理由など1つもないのだ。
これがもし逆の立場ならば、力欲しさに付け狙っているだけの話なのだが。
「えへへ……実は、シェゾの家に泊めて欲しいなぁって」
「………………は?」
今、なんて言った?
別に住むところがないわけでもなく、泊めてくれる友達がいないわけでもない。
どちらかというとアルルは男女問わず友達は多い方なのだから、わざわざ男の、しかも己の力を狙っているような危険人物を、さらに言うなれば『ヘンタイ!』と忌み嫌っているようなヤツのところへ来る必要性があるのかと言いたいことはたくさんあるのだが、あまりに予想外な一言過ぎて沈黙を続けるしかない。
「今日からしばらくカーくんがいないんだ。さっきまで1人で寝ようと思ってたんだけど、なんだか眠れなくて……」
つまりは、ぬいぐるみの代わりに抜擢されたようなものらしい。
――いやいや、仮にそうだとしてもおかしいだろう。わざわざシェゾのところへ来るくらいだ、他にも何かあるんじゃないだろうか。
「……それは、期待してもいいのか?」
「へ? なにを?」
ついうっかり滑った言葉に即座に反応が返る。気を抜きすぎにも程がある自分を叱咤しながらも、出てしまった言葉は戻せない。
こんなタイミングで言うつもりのない本心を押し隠すように、誤魔化す台詞を探す。
「あー……だから、あれだ。オレに得はあるんだろうなってことだよ。例えば――」
「ボクの魔導力ならあげないよ」
言い切る前にきっぱりと断られてしまったが、その手があったかと今更ながらに気づく。
勝負以外で手に入れるつもりは毛頭なかった上、最近では少しの間だけなら見ているのも悪くないと心変わりしてきていたために、全くその選択肢が出てこなかった。
別に、魔力を諦めたわけではなかったのだが。
「ふん、ならば仕方ない。寝床を貸してやる代わりに、お前は家事をするんだな」
「……泊めてくれるの?」
「とりあえず今夜はな。寒いからさっさと入れ、オレが迷惑だ」
そっけなく背を向けてリビングの方へ向かうシェゾに続こうと、玄関脇に置いてあった大きな鞄を抱えて入っていく。
「これからよろしくね、シェゾ」
にっこり微笑んで言うアルルを振り返り、荷物の多さに驚愕したシェゾが無言で立ち尽くしたのは言うまでもない……
- end -
浅野 悠希